海のものとも、山のものとも。

2017年 04月26日・成毛眞 投資コラム 第14回

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  • いきつけの店という財産の作り方

    私は世界で一番自宅が好きで、できるだけ外出したくないと考えている人間です。世間はそれを出不精とかひきこもりと言うようですが、それとは違うと思っています。他の場所と比較した結果、自宅で過ごすことを選んでいるのですから、アクティブ自宅派とか、積極的在宅者などと呼んでもらいたいものです。

    そんな私でも、当然のことながら外出することはあります。そして、初めての飲食店へ行くこともあります。先日は、ある老舗出版社の名物編集者と四谷にある焼鳥屋へ行きました。彼が、とてもいい店だからと誘ってくれたからです。実は私は砂肝などの内臓系は苦手なのですが、その店へは誘われなければ決して行くことがないであろうから、行くことにしたのです。

  • 再指名、転じて、再訪問

  • 大正解でした。何を食べてもおいしいのです。焼鳥に味噌が合うとは驚きです。ささみもこんなに柔らかいとは。つくねはみっしりとして実にうまい。レバーですら「あら、こんなにおいしかったの」といった具合。これまた苦手な日本酒も、ワインのようにキレのある辛口のものを進めてもらい、結構、飲み過ぎてしまいました。店の雰囲気も、実に良いのです。やってくる客も、友達になりたくなるような粋な人ばかり。編集者氏は一生懸命、仕事の話をしているようでしたが、私は味に夢中。何の話をしていたのか、ほとんど思い出せません。ただ、いい店を紹介してもらったことには感謝の意を表しておきました。

    こうなると、店に対しても「おいしかった」という言葉以上の感謝の意を表したくなるというもの。そこで早速、裏を返すことにしました。つまり、すぐにその店を再訪することにしたのです。今度は、編集者氏抜きで。

    “裏を返す”とは、粋な方々はよくご存じだと思いますが、もともとは、遊里で初めて出逢った遊女を、後に再び指名するという意味です。裏を返さないのは江戸っ子の恥とされていたとも言われます。1979年公開の映画『復讐するは我にあり』でもセリフに登場していたので、30〜40年ほど前までは、普通に使われていた言葉なのかもしれません。

    最近は、この“裏を返す”は、初めて訪れた店を、再び訪れる意味で使うことが多いようです。

  • 裏を返すならできるだけ早く

  • 私が裏を返すときは、初回に「また来ます」と伝え、できるだけ間隔を置かずに予約をし、やはりできるだけ間隔を置かずに再訪します。約束を守るなら、早めの方がいいと思うからです。それに店の人は「また来ます」という言葉は聞き慣れているでしょう。でも、実際に、すぐにやってくる客は少ないでしょうから、きっと喜んでくれ、また、私のことを覚えてくれるのではないかと思います。

    こうすると、アクティブ自宅派であり積極的在宅者であっても、あまり苦労することなく、なじみの店をつくることができます。食べ物も飲み物もおいしく、店の人の感じが良く、嫌だなと思う客がおらず、居心地のいい店はかけがえのない財産です。その財産を得るための投資行為が、裏を返すことそのものなのです。

    問題は、裏を返すときに誰と行くか。一人で行くのもスマートですが、私は裏を返しそうな人を誘うようにしています。すると、私としては不思議な縁の連なりを楽しめますし、店にとっても、悪い話ではないかと思うからです。この焼鳥店には、結局、別の編集者を誘っていきました。彼女が裏を返したかどうかは、分かりません。でも、それを彼女に直接尋ねては無粋というもの。そのうち、店の人が「こないだいらしてましたよ」と教えてくれることでしょう。

    そしてなによりも、その店を最初に紹介してくれた編集者氏が再訪したときには、お店のご主人から「良いお客を紹介してくれました。あれから数日後にまた来られましたよ」と感謝されるでしょうし、それは編集者氏とのつながりをさらに深めることになると思うのです。

成毛 眞
(なるけ まこと)

HONZ代表。元マイクロソフト社長。インスパイア取締役ファウンダー。スルガ銀行社外取締役。早稲田大学ビジネススクール客員教授。週刊新潮、週刊東洋経済、月刊クーリエ・ジャポン日経BPネットにエッセイ連載中。産経新聞、週刊朝日などに書評定期寄稿中。代表的著書に『面白い本』(岩波新書)『大人げない大人になれ』(新潮文庫)など多数。