海のものとも、山のものとも。

2017年 06月21日・成毛眞 投資コラム 第18回

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  • グルメシップに乗るという自己投資

    船に乗るのが好きです。といっても、クイーンエリザベスのような豪華客船でも、スポーツとしてのヨットやカヌーでもありません。カジュアルな中型客船で、クルージングを楽しむのが好きなのです。しかも、私が乗るのはグルメシップと呼ばれる、レストランのレベルが高い船限定。おいしいレストランがあって、そこから歩ける距離に自分のベッドがあって、気が付くと旅までしている。最高です。

    最近は日本の港がクルーズ船を誘致しようと一生懸命なので話題になることも増えてきました。そういった自治体の狙いは乗船客が地元による地元での消費のようですが、それはいささか見当違いです。クルーズ客はまず、港町にはお金を落としません。寄港したら、乗船客はそこから観光地へエクスカーション(小旅行)に出かけます。彼らにとって、港は改札口のようなもので、そこで大きなお土産を買ったり、飲食をしたりしようとは思わないからです。なにしろ客船内では朝昼夜の食事がすべて無料なのです。

  • 客船には街の機能がある

  • それに、エクスカーションへ出かけない客もいます。なぜなら、客船が街としての機能を十分に備えているからです。レストランあり、バーあり、プールあり、図書館あり。何でも揃っているので、ただただリラックスするためだけに船に乗った人は、無理をして出かける必要がないのです。

    私自身も2年ほど前にキューバへ行ったとき、地上で観光するよりも、船の上で過ごした時間が長かったように思います。このときの船は、スタークリッパーズという会社の運行する、乗客数170名ほどの帆船でした。高くそびえたマストに張られた白い帆で風を受けて進む船です。風を受けて船は右左に傾きます。すると、船に積んでいるアンテナも、その時々によって向きが変わります。その結果、乗船中、衛星放送を見ることができず、インターネット接続もおぼつきませんでしたが、それはそれとして、いい経験になりました。

    航行中、常にデッキの椅子に腰掛けて本を読んでいる人がいました。来る日も来る日も、読書に熱中。気になったのでちらちらと見ていたら、読んでいるのは図書館に置かれている本ではなく私物のようで、毎日のように新しい本になっています。つまり、それだけの冊数を持ち込んでいるのです。もちろん、砂浜に上陸しても読み続けてました。彼は読書のために船に乗ったのでしょう。

  • あえて電波の届かないところへ身を置く

  • つまり、デジタル断食です。最近は、いつでもどこでもスマホを使ってネットにアクセス可能ゆえ、時々刻々と更新される最新情報に触れることができます。できるというより、触れずにいられない状況になっています。私自身も、もはやスマホを手放すことはできません。

    しかし、スマホの電池が切れたり、この船に乗っていたときのように、電波がほとんど届かなかったりすれば諦めもつきます。そして、そこで生まれた時間を使って、普段とは違うことをしてみようと思うでしょう。デッキの椅子に座っていた男性にとっては、それが読書だったに違いありません。

    人と違うことをしたければ、人と違う環境に身を置くことも必要でしょう。船の上というのはそれにうってつけの場所ではないでしょうか。それに、クルーズを楽しむ人たちはどこか余裕があって粋なので、話しても嫌な感じがしないどころか、話題が豊富で愉快な人が多い。こういった場での出会いは、他の場所でのそれとはどこか違います。さらに、食事がおいしいのですから、言うことがありません。旅行費用も宿泊費と食費と交通費がすべて含まれていると考えると間違いなく割安です。一泊あたり2万円というクルージングもあるほどなのです。クルージングはもっともお手軽な人生への投資なのかもしれません。一度試してみてはいかがでしょう。

成毛 眞
(なるけ まこと)

HONZ代表。元マイクロソフト社長。インスパイア取締役ファウンダー。スルガ銀行社外取締役。早稲田大学ビジネススクール客員教授。週刊新潮、週刊東洋経済、月刊クーリエ・ジャポン日経BPネットにエッセイ連載中。産経新聞、週刊朝日などに書評定期寄稿中。代表的著書に『面白い本』(岩波新書)『大人げない大人になれ』(新潮文庫)など多数。